愛と苦悩 <小考察1>

Set Fire To The Rain

前の恋が終って傷ついてた時
あなたが声をかけてきた
打ちひしがれて落ち込んでたのに
あなたのキスで救われた
強い人間に見えるけど
好きな人には逆らえなくて
抱きしめられると
もう何も言えなくなった

だけどいつしか私の知らないもう一人のあなたがあらわれた
口にするのはでたらめばかりのウソつきで
いつも私を追い詰めて、傷つけそして苦しめた

でも私は涙の雨に火をつけて、その苦しみを燃やして消した
その顔にふれた時、雨のように涙があふれたけど
その涙はみんな燃やした

あなたを想う涙だったから一緒にベッドにいる時は
ずっとそうしていたかった 眼を閉じて
あなたをそばに感じながらずっとこのままと祈ってた
一緒にいるだけ、それだけでいい
だって私の知らないもう一人のあなたは
口を開けばでたらめばかりのウソつきで
いつも私を追い詰めて、傷つけそして苦しめたから

だから私は涙の雨に火をつけて、その苦しみを燃やして消した
その顔にふれた時、雨のように涙があふれたけど
その涙はみんな燃やした
あなたに向けた涙だったから
涙の雨に火をつけて
その炎で2人の思い出も燃やしてしまった

恋が終ったら何かを失うもの
だってそれは過去のこと
もう終ったことだから

朝、ドアの前で目覚めることもある
あの時の気持ちが今でもまだ残ってるから
もうすっかり過去のことなのに
今でも気づくとあなたの姿を探してる
あの時、涙の雨に火をつけて、その苦しみを燃やして消した
その顔にふれた時、雨のように涙があふれたけど
その時の涙はみんな燃やした
あなたのための涙だったから
涙の雨に火をつけて
その炎で思い出も燃やしてしまった

恋が終ったら何かを失うもの
だってそれは過去のこと
もう終ったことだから
だから苦しみは燃やして
消してしまおう
跡形もなく


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「雨に火をつける」という発想はなかなか浮かばない。アデルは詩人。音楽的才能はとてもうらやましいぐらい。美しい声は、きっとボリュームある体から出てくるんですね。でも、男運は悪いみたいだし……わたしが心配することでもないけど。



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以前から、手に入れたいと思っていた本がありました。
有名な『ブッダチャリタ(仏陀の生涯)』(馬鳴著)ですが、講談社版の「原始仏典」シリーズの10巻目、発行は25年ぐらい前で、絶版になっているのです。現在、中公文庫で大乗仏典シリーズの1冊として発売になっており買いましたが、翻訳が読みづらく、訳に忠実であろうとするのか、文学的香りも感じられない。それに、現存するサンスクリット文を底本にした訳出なので、二十八章あるうちの十四章までしかなく、全体があきらかでないのです。講談社版を図書館で読んでから、欲しいと思っていましたが、偶然古本屋で見つけ、さんざん迷った挙句買いました。わたしにすれば、大変高価な本になってしまいました。お金に関しては、節約委員会公認のケチです。つまり信仰と同じくらい執着も深い。
25年前の定価で2200円ですので、そもそも高価な本であることは変わりはないのですが、古本屋での値札は9500円。はじめ0が一つ多いのではないかと思い、
「この本、0が一つ多いのではないでしょうか」とご主人にたずねたら、
「いいえ!」と、怒ったように、素っ気ない返事。
取っつきにくいのがこの業界の常識。あんたに本の価値がわかるか、と言いたげな軽蔑があるのよ。
大体、商売人というより、本の考古学者的雰囲気。マニアックな世界だし、シャイネス可愛らしさの篠川栞子も登場したけど、おもしろそうなミステリーなんて本のなかだけだし。
どうせ、売れないくせに、と思いながら、30分も立ち読みしてから、わたしとしてはおもいきり気前よく、大好きな福沢諭吉に別れを告げ、本のうえにきちんと重ねて、カウンターに持っていく。
「買ったら、成仏できますでしょうか。ご主人さま」と皮肉半分、ニコニコしながら言ったら、
「本で成仏はできません」と、もっともなご返事をいただきました。
「最近、多いんですよ。哲の女らしきご来店が。でもこんな高価な本は買わない」
わたしって、もしかしたら哲の女?
哲の美を認めてるっていうこと?
さきばしりの考えすぎは健康によくないわ。
「ご商売繁盛でよろしいですね」
「本の価値は読む人間が決めるものだ。これはおもしろいし、市場に出てる数は少ないし損はない」
「読まれたのですか?」
「目次だけね」
「目次からおもしろいなんて、たいした本だわ」
ご主人は大笑いしました。
「まけてよ。ご主人さま!」
結局、500円オフしてくれました。外交力の問題よ。オブリガード

 


愛と苦悩
誰も愛することを欲し、愛されることを望む。
失意のときでも、悲しみのときでも、絶望のときでも、どんなに辛い瞬間のときにも、支えとなり、欠点だらけのわたしの全人格を受け入れ愛してくれる人を、わたしもすべてを捧げて愛したい。
青年シッダールタは、成就することない愛に悩んだがゆえに、愛することの根源を知りたいと考えたに相違ない。深い地底から掘り出された宝石のように透明な知性と、濁りがない聡明さ、遠い景色のなかで葉が落ちる音さえ聞き分ける繊細さと、また人間として無二の優れた資質と獅子のような勇気を持っていても、愛の呪縛と苦しみからは逃れられなかったと、わたしは思う。
彼が出家したのは、個人的動機が多くを占めているように思えてならない。愛を捨てて、自分を苛み続けた苦行の果てに覚者となり、普遍的愛に目覚めた。



シッダールタは、シャカ族の都・カピラヴァストゥ(カピラ城)のシュッドーダナ王(浄飯王)と、隣国コーリヤ族から嫁ぎ、妃となったマーヤー夫人との間に、長子として生れた。
インドの北辺境、ヒマラヤの高峰を背に位置するシャカ族の小国は、気候風土に恵まれ、雪解け水を利用した稲作を中心とした平和な農業国として栄えていた。ただ王家では後継者となる王子誕生に、未だ恵まれないのが憂いの種であった。
伝説によれば、ある夜、マーヤー夫人が寢殿で眠りに入ると不思議な夢を見たという。天から六牙の白象が降りてきてマーヤー夫人の寝床のまわりを三回右に巡ると右脇から胎内に入ったという。
翌朝目覚めた王妃から、夢の話を聞かされた王は、国中の賢者バラモンたちを呼び寄せ、儀礼を施し夢解きをさせると、
「王妃は受胎されました。きっと男子で王となられる方でしょう」と告げ、
「王子は在家の生活をおくるなら転輪聖王となり、もし出家するなら悟りをひらきブッダとなるであろう」と予言した。
王妃の懐妊に、国中の人々が無限の光明と喜びに満ちたと伝説は伝える。ブッダの霊夢托胎は、伝説にもとづいて具象化され数々の名品が生れるその後の仏教美術のテーマとなった。
懐妊したマーヤー夫人は、月満ちて出産が近くなると故郷コーリヤ族のデーヴァダハへ里帰りしたいという思いにかられ、シュッドーダナ王の承諾を得て旅立つことになった。旅の安全を願い入念な準備をととのえ、王妃は輿に乗り、侍女や大勢の従者を随行した。
道の途中にルンビニー園というサーラ樹に覆われた森があった。マーヤー夫人が訪れたとき、枝の端々まで満開の花が咲き、蜜蜂が群れ、様々な鳥が美しい声でさえずり、まるで帝釈天の遊園のようであったと伝えられている。
この美しいルンビニー園に魅せられたマーヤー夫人は輿を降り、森のなかに進み、赤色や黄色の花びらが蹴鞠のように咲きほこる無憂樹(アショーカ樹)に近寄り、垂れ下がる枝を手にした。
そのとき、陣痛がおこり、マーヤー夫人の右脇腹から男子が出生した。
争いを続ける人類に、絶えることない聖水と消えることない光を灯し、アジアと全世界に希望を与えるブッダの生誕は、紀元前四六三年のことです。(中村元博士説)

当時のシャカ族の社会においても、バラモン教の影響が色濃く存在し、四姓制度の「浄、不浄」の観念が強く働き、女性の生理、懐胎、出産などは不浄とされていた。出産を間近にひかえての旅は危険な行為であり、それを敢えて行ったということは、王宮での出産によってもたらされるけがれを避けるためにも、出産の場を故郷に求めたと考えられる。

ルンビニー園での出産を無事終えたマーヤー夫人は、誕生間もない王子をいたわりながら、シャカ族の都・ピラヴァストゥへむかい帰路についた。王子誕生の知らせを受けて待ちわびるシュッドーダナ王や都人は、シャカ族の後継者の帰城に歓喜と感動の渦につつまれた。嫡子誕生に喜びあふれる王は、バラモンたちを招き、法典に従い命名式が行われた。王子は「目的を達成する者」という意味のシッダールタ(悉達多)と命名された。

喜びもつかの間、悲劇が訪れた。王子の生後わずか七日にして母・マーヤーが亡くなってしまったのです。
希望に満ちあふれていた父王も幼い王子の行く末に心を痛め、乳母を選び養育にあたらせる一方、亡き妃マーヤーの妹マハープラジャーパティーを後妻に迎えいれた。そして後に誕生した異母弟・ナンダとともに、シッダールタは養母・マハープラジャーパティーによって愛情を注がれ大切に育てられたと、伝承されている。

シッダールタの出家動機について、多くの文献はよく知られた四門出遊の伝承を伝えている。
「ブッダチャリタ」の「死者」を見る場面では、

『そのようにして王子が進んでいったとき、かの神たちは一人の死者を創り出した。道を運ばれていくその死者を御者と王子は見たが、他の者は見なかった。
そこで王子は御者に言った。「四人の人に運ばれ、悲しげな人々に付き添われていて、飾られてはいるが嘆かれているあの者はだれなのか」
そのとき、御者の心は本性が清浄なるかのシュッダーディヴァーサ神たちによってとらえられていたため、事実を知る彼は言うべきではなかったことも主人に述べてしまった。
「この者は、だれかはわかりませんが、知性、感覚、息、さらにもろもろの性質が無くなり、眠っており、意識なく、草木となってしまったのです。愛する人々により努力して育てられ、守られてきましたが、今捨てられるのです」
この御者の言葉を聞くと、王子はすこしたじろいで言った。「これはこの男にのみ起こることなのか。すべての生きものの終わりはこのようなものか」
御者は王子に答えた。「これはすべての生きものの最後のありさまです。卑しいものであれ、中位のものであれ、偉大なものであれ、この世においてすべてのものの消滅は定まっております」
王子は堅固な心の持ち主ではあったが、死のことを聞くとたちまち心沈んでしまった。彼は馬車の欄干の先に肩でもたれかかり、震え声で語った。
「これが生きものに定まった帰結なのに、人は恐れず平気でいる。このように死への道にありながら安閑としているのだから、人の心はかたくななものだと思う。
だから、御者よ、われわれの馬車をもどせ。園遊の時でも場所でもないから。消滅を知った以上、心ある者がどうして今この破滅の時に平気でおられよう」
王子は御者にこのように言ったが、御者は馬車をもどさないばかりか、王の命令に従ってパドマシャンダという名の森に進んだ。そこでは特別の趣向が用意してあったのだった。
そこで、王子は、若い樹が花をつけ、コ―キラ鳥が喜びに酔って飛びかい、館があり、池は蓮の花で麗しく、あたかもインドラ神の森ナンダナのように美しい森を見た。
そして、王子はむりやりに美しい女たちの群がる森の中に連れていかれた。ちょうど誓戒を受けたばかりの隠者が、禁欲生活への障害となることを恐れながらも、美しい天女に満ちたアラカ―国の主クーベラの宮殿に連れていかれたように』


優れた詩人であったと伝えられている馬鳴は、修辞家らしく文学的才能を遺憾なく発揮して、十分な言語的装飾を施しながら、ブッダの生涯を華麗に描きます。史実を伝えるというよりも、神格化されたブッダの姿が、尊敬と信仰の対象であったことが理解できます。馬鳴はブッダの生涯に関わる伝承や思想に深い造詣を持ち、文学作品といっても、経典に伝えられるブッダ像からは逸脱していない。

普通の人間は個人差はありますが、苦しみや痛みに鈍感なのではないでしょうか。わたしたちは自分に直接関係がない社会のあらゆる不合理、他者の苦しみは感じないようにできてるらしい。だからこそ生きられるのかもしれません。わずかなショックでも振れる敏感な感度の持ち主が、正常な人間とは思えませんが、苦しみの度合いが深くても、克服し解決する強靭な精神を保つことができれば、覚者への道は近いと言えそうです。苦しみが地層のように複雑に重なり地上を覆っている現代に、ブッダが生まれ会わせれば、苦の感じ方も違っていたかもしれない。人間にとって現世は有限であるけれど、普遍的苦は、普遍的であるがゆえに、永遠に消滅しない。不可知論は釈尊が一番嫌悪し、無記をもって答えとしました。過去世や未来世など証明できないことは、信じるしかない。


ブッダの四門出遊は後世の創作ですが、このように他者のなかに自分の苦しみを見出すことは、ブッダなら可能だったと思わせる十分な説得力があります。

考えられる出家動機を「釈尊の歴史的実像」(磯部隆著:大学教育出版)でよくまとめられているので引用すると、

『これまでのわが国の釈尊研究は、仏伝および他の仏教経典を調査して、歴史上の釈尊が出家した理由を探究してきたが、その結論は便宜上、次の三点に整理することができるように思われる。
第一点は、釈尊の生誕まもなく、実の母がその出産ゆえに死んだという事にかかわる。自分の生命とひきかえに母が死んだのであれば、成長し思索するなかで、自分の存在そのものに絶えず暗い影が落ちてくることを感じ、ついには出家にいたったのであろう、と研究者たちは考える。実母が出産ゆえに死んだという事が、仮に歴史的事実であったとすれば、こうした推測は不当とはいえない。同様の運命を背負って、偉大な宗教家・思想家となった人びとも数多くいるからである。たとえばルソーなども、出家ではないが、同一の運命を心の背景にして、ジュネーブから出奔している。
第二点は当時の国際的な政治状況にかかわる。釈尊は、伝承によればシャカ族の王子として生れた。ところがそのシャカ族は、当時の強国であるコーサラ国に従属しており、政治的に明るい未来を期待しえなかった。ゆえに釈尊は、王子であるにもかかわらず、政治つまり現世を捨て、宗教的方向へ転回したといわれる。
第三点は釈尊の宗教的資質である。釈尊は、若くして、人間という存在に根本的にまといつく問題性を、すなわち人間における生・老・病・死を、衝撃をもって受けとめ、この問題を解くために出家したといわれる。この出家解釈はいくつかの理由できわめて重要である。
なるほど私たちは誰でも、人間が生きていて、やがて老い、病気にもかかり、ついには死んでゆくことを、よく知っている。これほど自明なことはない。ところが、しかし頭では自明なこの事実も、日常生活のなかでは意識からかき消され、心の奥底にひそんで時おり茫漠とした不安を与えるばかりであって、ある時突然、恐怖と狼狽を与えることがあっても、正面から覚醒された意識でこの事実を見つめ、みずからの生と死の意味を根底から掴みなおすという事があまりにも少ない。いわば日常性の流れに流され、その時その時の喜怒哀楽に沈み、バタバタともがいているにすぎない。ところが釈尊は若くして人間のこの根源的な問題に眼を開き、日常的なるもの一切を捨てて、問題の解決をめざして出家したといわれるのである。だからその出家は、決して責任の放棄なのではなくて、みずからとそして人間一般との救いをめざす希有な行為だったのであり、それが可能であったのは、ただただ釈尊の宗教的感性、宗教的天分が優れていたからだ、というほかない』

この著者は、精緻な検討を加えて、シャカ族がおかれた政治的背景のなかに動機を確定しますが、わたし個人としては、賛成できかねます。

『本書の推測が正しければ、資料から浮かび出る釈尊の最初の姿は、シャカ族の世襲カリスマ的氏族に属する政治軍事的な指導者の一人であり、対コーサラ戦争推進のため、マガダ国王と軍事同盟を締結しようとして奔走する人物である。彼は宗主国コーサラの支配を軍事的に打破しようとする誇り高き戦争推進派の青年で、おそらくマガダ国王と対等の立場に立って軍事同盟を結ぼうと試みた。しかし、この交渉は挫折した。それ以後、深い内省の時を経て、彼は政治軍事から宗教へと生の方向を切り換え、もはやシャカ族の軍事的勝利と独立をめざすのではなく、全インド的な観点に立って、争いそのものを消滅させる人間のあり方を求めた。人間が獣のごとく同胞と争っているという現実に対して、この現実を内的に打ち破って、人間が再び人間になることを求めた、というふうに言うこともできよう。釈尊がみずからの前に立てたこうした課題は、序で触れたように、ソクラテス、イスラエル預言者、孔子という、ほぼ同じ時期に登場する世界史的な人物たちに共通するものであった。異なるのは、課題解決のそれぞれの方向性である』

 

個人的な自分の苦しみは早急に解決を迫られますが、未だに戦争がなくならない事実一つとってみても、他者の苦しみはやはり他者の苦しみであり、自己と他者を同一視して尊厳を認めるということは難しいように思われます。同苦しながら冷静に自己観察するなど、そもそも聖者の行いで、多少の知性や理性があり、論理的に世界を眺め慈悲心を持ちながら行動することができても、苦しみと同化し共有するなど不可能のように思われます。ブッダの出家動機も、深い個人的苦しみがあったと推測するのですが、神格化された姿より伝わっておりませんので、人間像としてのブッダは想像するしかありません。



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ネット世界ではアンナと可愛く名乗ってますが、ほんとうに可愛い天使なのかどうかなんて、証明できないことを言うのもどうかしてますね。リアルな実像は反抗的との評価もありますが、細部にこだわらないわたしとしては、おおむね良い評価と満足しています。善良な集団での最低評価ほど、聞きごたえがあるドラマティック・ストーリーはありませんね。冒険はいつも最悪条件から始まるものです。

実生活での仕事や学業などにおける評価は大切ですが、信仰上における評価はさほど気にかける必要ないと考えるようになりました。信仰でなくても最良の結果を望むのが行動の帰結というものですが、成果という言葉に言い表わされる結果など、組織の都合以外ありません。マイ聖教に多くの会員が疑問を持ち始めているのに、十分な根拠を示さないままです。啓蒙のおしつけは偽善の影絵のような厚かましさ。美しいけれど、光に照らされれば儚く消える、サプレッション(抑圧)の詐術です。
指導性は簡単に言えば哲学です。それは自由選択を前提にしたものでなければならないと思います。わたしがこういう指摘をすると、今まで自由だったし、これからも自由だというオウム返しのような答が返ってきます。創価に限らず、組織に加入すれば、誰でもそれなりの自分の居場所と自由な発言権を得たいと考えます。その権利の前提となるのは、活動家であるかどうかということです。マイ聖教は活動家と認知される名札のようなものですが、そのように活動家の定義を誘導してきたのが、今までの指導であったこと、悪しき習慣の正体は単に部数減への恐怖以外にないこと、それにともなう宗教団体としての経営的経済的理由があるからと思います。自由は、自由を誇称しながら無言のうちに、心や気持ちを束縛し、負担をかけることではありません。
大事なのは個々の意思であり、信仰への情熱であり、確信であり、不完全人間が不完全評価をしても意味がありません。創価の中心者である年長者は必然的に生活知恵があり、経験から複雑な正邪や善悪の区別を知っていますが、一方で、保守的になるがゆえに、賢明でない打算的な評価法も選択します。地位ある者は特にそうです。面倒なことは避けたいと考えるし、波風を立てなくても組織は十分機能していると思うのです。
創価のなかにも幸せでない人はたくさんいます。その原因となる苦の実体と、自分を縛る旧価値観からの解放、善悪の弁別、問題解決への心的アプローチの論理的、具体的説明をすることなく、ただ一様に宿業論でかたづけてしまう愚かな指導が見受けられます。それは自分の言葉で語らない聖教コピーの凡庸な幹部の指導力と、社会一般に経済的困窮が深まるなかで、世俗的な価値判断の影響をうけて、信仰上の確信が薄らいでいるからだと思います。信仰に必要なのは、新しい自分を発見することであり、オリジナルな想像力を発揮することです。
宗教の絶対性への帰順は、会員の熱心さと純真さに支えられた活動が、組織への当然の献身と考えることから始まります。それが実は自由を奪う犠牲というものだと知れば、理性をマヒさせる宗教性は、ただ従うこととする悪の側面がおのずと見えてきます。布教も会員の経済的支援も、善意と正義が合体した強固な釈尊以来の伝統的使命に支えられていることに、つつしみ深い感謝が忘れられている。
厳格な修行を求めた原理主義者・提婆達多は、師の化導の本心を知らず敵対しましたが、戒律もまた方便であることに気づかないまま、手段の目的化というスパイラルに陥りました。同じように宗教団体においては、成果という言葉はこの手段の目的化と同義語でしょう。また、サンガ内の階級化が仏道を曇らせる原因になることも、釈尊はよく知り抜いていました。階級化とはつまり教義の独占化であることを、宗門問題ではからずも経験しました。以前、創価でも主師親の三徳具備の池田先生という指導がありましたが、師弟関係を腐らす無盲目な礼賛は神格化と同じということ、法に依らず、人に依る行き過ぎた解釈が、教義の独占化ということです。宗教であれ政治であれ、唯一者の独裁は競争と破壊という精神の退廃をすすめるだけ。「価値判断能力の衰弱」(ニーチェ)は過剰な賛美のうえにベールを被って鎮座する。時代趨勢に対しての鈍感さ、ある程度の信者を獲得すると保守的なサンガ維持に転じることなど、昔も今も変わらないのです。

人間の無謬性などありえません。正しい法を生活規定にしていても、誰でも間違いを犯すのです。正しい容器(善)を所持しながら、濁った水(悪)をそそいで疑問に感じないのです。大聖人ですら、長く激しい闘争のあとで、「其罪畢已」と自らの宿業を認められました。消し難い正法誹謗の罪を背負った者が、どうして無謬であるなどと言えるでしょうか。
釈尊が洞察した通り、人間だけでなく、組織も渇愛の欲望で苦しむなんて、妙法においても戒律が必要なのではないでしょうか。妙法が最高智であれば、自己規律も最高規律でなければならない。さらに末法が貪欲と五濁の悪世なら、利己的現世利益主義と少欲知足は正反対の姿勢ではないでしょうか。宗門に対し少欲知足でないと批判するなら、学会僧(職員)も組織もまた、少欲知足でなければならない。
「法師とは五種法師なり功徳とは六根清浄の果報なり」<御義口伝>
見えない心を見抜き、心の声を聞き、正しい判断ができる功徳は、誰もが望む信仰のエッセンスです。
会員の心を知らないということは、一体、どこから変化し、どこから堕落したのでしょうか。
仏教の民衆化は、二千年前も今も、在家信者の願いです。その在家が帰依した大乗思想は、方便の無限拡大を招きながら複雑な理論へと発展し、発祥地において滅びるという歴史に出会いました。平易な祈りと生活知恵を求めた民衆のための教育的救済法でありながら、結果として民衆遊離というジレンマに陥った歴史の教訓は、同じ過失をおかす危険を絶えず内包していることを教えています。
釈尊が説いた仏教思想は、「苦を滅す」というシンプルなものだったのではないでしょうか。その目的である自己救済は、釈尊の時代も現代も変わりなく難しい。  



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思慮に富みながら偽善的な、論理の撞着にも目もくれずに、言いたいことを遠慮なく言えるのがネットの熱狂世界です。したがって適度な冷静という自己コントロール力も必要と考えております。
そんなネットでも、根気よさと情熱があれば適時な話題とテーマを提供することができます。種々の混乱が錯綜している時代に、問題意識の共有はとても大切なことと認識していますが、同志というのは、問題への関心と洞察を補うあう相手と思います。キーワードは、ソフトパワーと対話です。このような言葉のチョイスは適切ですし、仏教の理念にも適うもの。
このコメント欄がやわらかな議論と品のある喜びに満たされますように。
主張しながら譲り合う謙譲の人々が、正常な信仰者のイスに座ることができますように。
悪の支配を防ぐために、信仰と理性の勝利のために、改革が苦難にあふれていても、恐れるものではありません。

組織悪は、組織が必ず持つ属性と思いますが、一方で組織がなければ広布も進展しません。有能な管理者が必要ですし、その指導者は創造力豊かな人格者でもなければなりません。世界を再構築する原理を知った者の宿命ですね。先生は多くの模範を残されてきました。そのなかでも対話者としての姿勢に学ぶことが最大のものかと思います。慈悲の心が蘇るような啓発と示唆に富む貴重な対話の財産を、心して学ばなければならないでしょう。
先を見通す力は賢人のみに与えられた徳性。智慧の守護者でもあり、未来を予言した釈尊は、末法の人間主義者にもあわれみと称賛を惜しまないでしょう。変革は受け継がれてこそ成し遂げられるもの。困難な現代にあって、聖者の思いが叶えられますように祈りを捧げるだけです。そして尽くすだけです。

確信が他者を動かすことは、わたしたちはよく経験しています。また信仰への確信が得られるかどうかが、信仰者の立場から言えば、きわめて重要であることも知っています。そのために日々苦労しているといってもよいかもしれません。確信への道程は個人的差異があり、それぞれ理性的、経験的、直観的なものとして得られます。しかし大小の強さの違いがあり、揺るぎない確信は簡単に得られるものではありません。
わたしたちは成功より失敗から多くを学びます。慈悲深きご本尊さまは、試行錯誤するための失敗を必ず与えてくれます。それは試練とか困難とか受難とかを通した失意と言われるものです。立ち直れないほどに打ちのめされることです。このときの自己の弱さの自覚が、確信のつぼみとなります。確信は弱さを経た花なのです。自己存在をありのままに肯定した土壌から恵まれる花なのです。
失敗を経験しなかった人は信用できません。また失敗を他者のせいにする人も信用できません。懸命な人ほど失敗を経験するのは、道理が道理を証明するようなものです。目的を持ち、自己解釈に楽観主義の知的な教養を身につけた信仰者は、内省的なまなざしで自己を励まし限界状態を越える。
わたしたちの信仰への真の確信は、成功や功徳の成就からではなく、失敗や迷いを通した反省や克服のなかから得られるものです。辛い経験に負けないという精神の持続性が、確信を不動のものにする聡明なる信仰者の唯一の基礎的資質です。それが菩薩の本質へ直結している回路だと思います。

わたしたちはいつも誰かに励まされ、また誰かを励まそうと努めています。心からの励ましの言葉が、自分と他者の境界を取り除くことを多く人は知らない。意識しない。失敗や迷いの渦中にあっても、身を投げ出すような励ましは、自らの心も励まし、他者とともに自らの運命を切り開く原動力にもなるのです。だから失敗を恐れてはならない。困難をともなった迷いを避けてはならないことを、わたしは部員さんや、志が高い女性の皆さまに深い情感をこめて訴えます。
困難は、ただの困難でしかない。困難を苦しみと捉えるのは、根源的煩悩である三毒の一つ・癡(ち)に翻弄される姿です。癡は渇愛とも無知・無明とも言われ、釈尊出家の中心動機をなすものと思われます。

 

不信と疑いで孤立化し分断される世界のなかで、人間関係も水のように薄められる殺伐とした時代に、テクノロジーと非人間的な功利性を信奉した管理者さえも管理される社会で、希望を失わず生きていこうとする健気さは、まるで苦行者を連想させる姿です。仏教の基本である因果応報が自己責任倫理であっても、今、人間が人間の心を信じる信頼関係ほど危うくもろいものはありません。釈尊の対機説法は方便であったかもしれませんが、適切な言葉を選び励ますことでもありました。不信の世界にこそ励ましの言葉は必要であり、またそれは人間関係を効果的に蘇生させる確信の言葉と言えるのではないでしょうか。
か弱き自分が、自らに課した運命に決して負けないためにも、自他ともに輝く確信の励ましが、わたしには必要不可欠なのです。

『信仰は疑うべきものでなく、いつも揺れ続ける自分自身こそ疑うべきものです。
仏性は目に見えないからこそ、確信すべきものです。
確信は、悲哀がつまった人生に別れを告げる魔法のような知性のことです』(アンナの日記から)



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